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青春サウンドノベル「卒業証書」
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 St.Gigaで放送されていたものと同様な、サウンドノベルのストーリーです。
97年 3月 10日 17日 24日 31日

 97.3.10 放送 (第75回)  
 つい今しがた、卒業式が終わった。
 校長の長い話にも、『仰げば尊し』にも、卒業証書を受け取った瞬間にさえも、別段込み上げてくるものは何もなく、時折体育館を通り抜ける春の香りに誘われ、文字通り春眠のうちに、「卒業生、退場」という号令が聞こえた有り様だ。

 最後の教室では、クラスメート達がサイン帳を回し、記念撮影をし、机や壁に名前を刻み、思い思いの形で学校生活にピリオドを打つ儀式を行っている。
 僕はといえば、とりわけすることもなく、唯一心残りと言えば、窓から見える桜の樹が花をつける前に、この特等席を離れなければいけない事ぐらいだ。

 「田中君も何か書いてよ。」

 ふいに、僕の目の前で桜の花が揺れた。
 実際には、サイン帳を差し出した佐藤さんのポニーテールを束ねるピンクのリボンが揺れていた。
 そうだ。僕にも心残りが1つあった。
 それは部活動でも勉強でもない。目の前にいる、佐藤さんへの想いだ。
 3年間心の奥底にしまいっぱなしになっていたこの気持ちに決着を着けなければ、卒業は出来ない。
 突然湧き出した感情を抑える事が出来なくなった僕は、受け取ったサイン帳にペンを走らせた。

  1.「どうしても話しておきたい事があるから、校舎裏で待ってる。 田中」[Click!]
  2.「どうしても話しておきたい事があるから、今夜電話します。 田中」[Click!]
  3.「どうしても話しておきたい事があるから、卒業記念のトーテムポールの3番目の顔にはまってます。 田中」[Click!]

 97.3.17 放送 (第76回)  
  1.「どうしても話しておきたい事があるから、校舎裏で待ってる。 田中」

 サイン帳を渡すと、佐藤さんは「ありがとう。」と言って、すぐに女の子達の写真撮影の輪の中に入っていってしまった。
 そんな彼女をいつもなら見とれている僕だが、今日はそそくさと帰り支度を整えると、早足で校舎裏へと向かった。

 校舎裏は春とはいえ、まだ日陰で肌寒い。それでも日の当たる場所を見つけると、カバンを下敷きに腰を下ろした。
 するとそこには、小さなピンク色の花が咲いていた。
 そうだ、佐藤さんにあげよう。雑草にしては奇麗なその花を僕は採った。いいプレゼントになりそうだ。
 佐藤さんになんて言おう。ああでもないこうでもないと考えてるうちに、1時間半が経ってしまった。日が暮れてきた。さっき摘んだピンクの花も、しおれかかってきている。
 佐藤さんどうしたんだろう。もしかして、サイン帳を見ないで帰ってしまったんだろうか?

 「田中君!」

 見上げるとそこには、クラス一の大女であり、大変残念な事に佐藤さんの大親友の鈴木さんことジェロニモの姿が。
 ジェロニモこと東洋の神秘は僕の前に立ちはだかり、

  1.「佐藤さんに頼まれて来たの。これ田中君に渡してって。」佐藤さんからの手紙をくれた。
  2.「大変なの!佐藤さんが、佐藤さんが…田中君、すぐに来て!」と僕の腕を引っ張った。
  3.「そこ、わたし縄張り。どく。どかないと災い、起こる。」殺気立っている。

 (PN:なりかわしょういち)
  2.「どうしても話しておきたい事があるから、今夜電話します。 田中」

 僕は押し付けるようにサイン帳を返すと、逃げるように教室を出た。
 情けないけど、僕の緊張はもう限界で、これ以上佐藤さんの前にいたら倒れてしまいかねない。そう思ったからだ。
 一目散に廊下を抜け、階段を降りた。頭の中では、小心者の自分がしでかした大それた事がぐるぐるぐるぐる回っていた。

 と、とにかく落ち着かなくちゃ、落ち着かなくちゃ。

 下駄箱の前で深呼吸して、ようやく落ち着きを取り戻した。
 …のもつかの間、僕のスニーカーの上に薄いピンク色の封筒が置いてある事に気付いた。女の子特有の丸文字で、「先輩へ」と記してある。差出人は、バスケ部の後輩高橋からである。
 そして内容は、「先輩のことがずっと好きでした。もしよかったら、今夜お電話して下さい。」

 家に帰って数時間、僕は自分の部屋にこもって考えた。ベッドに仰向けになり、サイン帳と手紙の内容を交互に思い出し、頭を抱えた。

(僕は佐藤さんが好きだ。3年間も勇気を出せずに想い続けてきた。
 でも、そんな意気地のない僕を高橋はずっと好きだったと言ってくれた。
 まず佐藤さんに電話をかけて、結果次第で高橋さんに…。)

 そんな器用な事が出来るくらいなら、苦労しちゃいない。
 時間は午後8時。時計に後押しされるようにして、僕は決心した。

  1.大切なのは、僕の3年間にけじめをつけることなんだ。佐藤さんに電話しよう。[Click!]
  2.大切なのは、愛する事より愛される事なんだ。高橋に電話しよう。[Click!]
  3.大切なのは、僕自身にもっと磨きをかけることなんだ。オーリシャインを買うために、アメージングディスカバリーに電話しよう。[Click!]

 (静岡県・PN:むらまつおさみ + 鳩ヶ谷市・PN:大野ガンバレ)
  3.「どうしても話しておきたい事があるから、卒業記念のトーテムポールの3番目の顔にはまってます。 田中」

 「あっはっ、あっはっは。」
 サイン帳を見るなり、佐藤さんは大声で笑い出した。僕の背中に汗がだらだら流れ、顔は真っ赤になってしまった。

 「おっかしい。田中君ておとなしいと思ってたけど、こんなに面白い事いつも考えてるんだ。」
 佐藤さんは笑いすぎで出てしまった涙を、細い指でぬぐいながら話した。
 「せっかく3年もクラスが一緒だったのに、あまり話さなかったよね。1年生の時から田中君と親しくなってたら、もっともっと学校も楽しかったのにね。」

 佐藤さんが、ずっとあこがれていた佐藤さんが、僕にこんな事を言ってくれるなんて、僕はイスを弾き飛ばして立ち上がった。
 「佐藤さん!ぼくはまってるから!トーテムポールの3段目に、絶対はまってるからぁ!」

 僕はカバンをつかむとダッシュで教室を出て、一目散にトーテムポールへと走った。
 木で出来たトーテムポールでさえ、僕を応援してくれているかのように見えた。
 佐藤さんに宣言したんだ、早くトーテムポールの3段目にはまらなければぁー!!

  1.僕は早速、トーテムポールによじ登る事にした。
  2.僕は早速、用務員さんに斧を借りに行く事にした。
  3.僕は早速、お祈りの準備に取り掛かる事にした。神聖なトーテムポールの一部になるためには、必要なものがたくさんある。手長エビのヒゲ、黄色いとんがりハット、赤ちゃん筆などなど、急がなければぁー!!

 (北海道・PN:はらだしゅうめい +α)
 97.3.24 放送 (第77回)  
  1.大切なのは、僕の3年間にけじめをつけることなんだ。佐藤さんに電話しよう。

 フッ、ハーッ。
 僕は大きく深呼吸してから、佐藤さんの家の電話番号を押した。

 トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル…。
 呼び出し音が1度鳴る度に、緊張が高まる。
 頭の中では言うべき言葉がぐるぐる回っている。
 いっそのこと佐藤さんが留守なら…そんな情けない気持ちさえ芽生えかけた7コール目、不意に電話が繋がった。

 「もしもし。佐藤です。」
 「あ、あっ、あっ、あ、あの、田中です。」
 何から切り出そう。考えているうちに、きっかけを失い、頭が混乱する。
 そのうち大混乱になる頭は、全く何も話さないうちから勝手な結論を出した。
 もし佐藤さんがサイン帳を読んでいてくれんなら、すぐ電話に出たはずだ。こうなると、ますます話し始めるタイミングはない。

 「田中君。大切な話って何?」
 僕の予想と全く逆の言葉に、一瞬喜んだ。
 しかし、よく考えればこの言葉はもっともっと悪いのだ。
 サイン帳を読んだのにもかかわらず、電話に中々出てくれなかったという事は、僕の申し入れは迷惑だって事になる。
 まだ僕は何も話していない。それなのに、全て事は済んでしまったのか?
 いや違う。僕はけじめをつけなければいけないんだ。元々結果は二の次三の次。ここで踏ん張らなければ、一生後悔し続ける。
 目をつぶって、心の中で3つ数える。
 1、2の3。

 「佐藤さん、僕、あなたの事が3年間ずっと好きでした。卒業式の後、『田中君ともっと早く仲良くなれれば良かった』って言われた時、すごく嬉しかった。それ、伝えたくて、電話かけました。ほんとに、ありがとう。」
 一旦動き出した口は、3年間ためていたモヤモヤを一気に吐き出した。
 佐藤さんの答えは覚悟の上だ。あとはそれを受け止めれば、僕は僕から卒業できる。しょっぱい卒業証書だけど、それがけじめか。

 「…私も、ずっと田中君のこと、見てた。」
 僕は耳を疑った。天国から地獄には慣れっこだが、地獄から天国なんて事は…今回もなかった。
 「でも、遅すぎたみたい。なんだか上手くいかないね。こんな事なら、私もっと早く勇気を出せば良かった。」
 佐藤さんは、涙声だ。
 「サイン帳見た時、すごくドキドキした。電話待ってる間、落ち着かなかった。ベルが鳴ってる間、迷ってた。私も田中君に大事な話があったから。田中君、私、…」
 佐藤さんから、衝撃の告白を受けた。

  1.「お父さんの仕事の都合で、海外に引っ越すの。」
  2.「あと、半年の命なの。」
  3.「ついさっき、性転換手術をすませたの。ティンコはやしちゃったよー!!」

 (横浜・PN:なると一本喰い + 長崎・PN:俺なら高橋 + 足立・PN:さかいみきお)
  2.大切なのは、愛する事より愛される事なんだ。高橋に電話しよう。

 第一、佐藤さんはサイン帳を読んでくれているかどうかさえわからないけど、高橋は僕の電話を待っててくれてるんだ。
 僕は、高橋の家の電話番号を押した。

  トゥルルルル、トゥルルルル、ガチャッ。

 もし高橋の親だったらどうしよう。
 一瞬心配したが、電話の声は高橋本人だった。

 「は、はい、高橋です!もしかして田中センパイですか!?」
 こっちが一言も喋らないうちに、かわいらしい声が弾んでる。やっぱり、待っててくれたんだろう。高橋にかけて良かった。
 「ああ、田中です。」
 「センパイ、御卒業おめでとうございます。あっ、それから、手紙読んでくれてありがとうございます。それと、お電話してくれて本当に、ほんとにありがとうございます。」
 「あ、ああ、いや、いや、そんな。」
 自分なりに決意を固めて電話したはずなのに、あまりに嬉しそうに話しかけてくれる高橋に、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、中々話が切り出せない。

 「それから、えーと、えーと、」
 必死に話題を出してくれようとする高橋。
 もっと僕がしっかりしなくてはいけない。彼女の手紙に込められた勇気に、僕が応えなければいけない。
 「高橋、今日もらった手紙、」
 電話の向こうで、高橋が息を呑むのが分かった。
 いつも明るくて、活発で、ボーイッシュな高橋の、人並み以上に女の子らしい胸の高鳴りが、電話を通しても伝わってくるような気がした。
 こんな僕の事を、こんな僕の事を、こんな僕の事を…。考えれば考えるほど、言葉に出せなくなってしまう。

  プップッ、プップッ、プップッ…。

 長い沈黙を破ったのは、僕でも高橋でもなく、キャッチホンだった。
 「セ、センパイ、キャッチ入ってますよ。」
 「お、ほんとだ。た、高橋、ちょっと、待っててくれるか?すぐ済ませるから。絶対切らずに、待っててくれよな。約束な。」
 重大な告白をするのに、呼び出し音は邪魔だし、本音を言えば、少し落ち着く時間も欲しかった。

 「もしもし、田中さんのお宅ですか?」
 電話の声を聞いて僕の全身は硬直した。キャッチホンは、佐藤さんからだった。
 「は、はい、田中です。」
 この後の言葉を聞いて、僕の頭の中身は真っ白になった。

  1.「サイン帳見て、ずっと電話待ってたけど、待ちきれなくて、電話したの。」[Click!]
  2.「今、クラスの女子で集まってるんだけど、山田さんがね、田中君のこと好きなんだって。今、山田さんに代わるからね。」[Click!]
  3.「助けて田中君!エメラルド星人がぁ!」

 (横浜市・PN:かくさん + 大宮市・PN:シートン動物記)
  3.大切なのは、僕自身にもっと磨きをかけることなんだ。オーリシャインを買うために、アメージングディスカバリーに電話しよう。

 オーリシャインは強力な洗剤で、どんなに焦げ付いたフライパンでも、たちどころにピッカピッカになるという代物だ。
 オーリを使えば、僕のくすみきった心もピカピカになるだろう。
 僕のお気に入りの通信販売番組、『アメージングディカバリー』。今まで本気で電話をかけようと思った事はなかったけど、いいきっかけだ。今日こそは注文してみよう。

 僕は電話の子機を片手にテレビをつけた。さあ、用意は万全。けれど、アメージングディスカバリーが始まるまで、まだまだ時間がある。
 別段目当ての番組もないので、適当にリモコンをいじっていると、たまたま別の通販番組でチャンネルが止まった。
 見たこともない番組だ。
 まず司会からして冴えない。恐らく売れないコメディアンであると思われるその男は、シルクハットにジャージといういでたちに、ハリボテの天使の翼を背負い、先端に作り物のオッパイをあしらったステッキを振りまわしながら、ボソボソボソボソ喋っている。
 それでもよく聞いて見ると言葉の語尾に「ございまちゅる」とか、「お得でちゅるよー」とか、変なキャラ付けまでしていて、気が滅入る。
 さらに付け加えれば、スタジオにセットらしいセットはほとんどなく、司会者の背後を恐らくこの番組のマスコットと思われる、病気の子猫のようなぬいぐるみがウロウロしていて気が滅入るし、商品の乗ったワゴンを押してくる、明らかに四十を超えた厚化粧のバニーガールが、画面に映っている事に気付かずに腹をボリボリかいていて気が滅入る。
 常温に丸一日放置したサバのような目をしたサクラに気が滅入るし、不気味なBGMに気が滅入る。

 そして何より気が滅入るのは、売っている商品の胡散臭さである。
 最初に紹介された商品が、1日1振りであなたもモテモテ、『モテモテ棒』。2つ目の商品が、1024ビットゲームマシン、『プレステ1024』。
 そして極めつけが、『100万円相当の商品入り、1万円福袋。』
 ここまで来ると、さすがにこれは通信販売番組のパロディなのかと思ったが、何のフォローもなく電話番号が大写しになり、例の男が番組を締めくくった。
 「お電話、お待ちしておりまちゅる〜。」

 い、一体、何だったんだ今のは。
 テレビを消してからもしばらくはキツネにつままれたような心持ちで座り込んでいた僕だったが、10分20分と経つうちに、なんだか好奇心が湧いてきて、いたずら半分でさっきの電話番号に掛けてみた。

  トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、ガチャッ。

 「もしもしでちゅる。ご注文はなんでちゅるか?」
 出たぁ〜!しかも司会本人が出たぁ〜!こうなったら、何か注文するしかな〜い!

  1.「そ、それじゃあ、1番の『モテモテ棒』をください。」
  2.「そ、それじゃあ、2番の『プレステ1024』をください。」
  3.「そ、それじゃあ、3番の『100万円相当の商品入り、1万円福袋』ください。」

 (東京都・PN:磯辺巻き)
 97.3.31 放送 (第78回)  
  1.「サイン帳見て、ずっと電話待ってたけど、待ちきれなくて、電話したの。」

 佐藤さんは、少し間を置いてから、「ごめんなさい。」と続けた。
 何が、ごめんなものか。佐藤さんが謝らなければいけないことなんて、何一つありはしない。
 卑怯な僕には、山ほどあるが。

 自分の都合でメッセージを送り付け、自分の都合でそれを反古(ほご)にした。
 佐藤さんはきっと読んでくれていないだの、読んでくれたとしても電話を待っていてくれるはずはないだの、自分に都合のいい思い込みで佐藤さんをねじ曲げ、自分に都合のいい行動をとった。
 こうしている間にも、まさに自分の都合で高橋を裏切っている。
 器用な事は出来ないなどと奇麗事を吐きながら、やっている事は卑劣極まりない行為そのものである。僕は人間失格だ。

 神様というのはきっと存在するんだろう。佐藤さんの続く言葉で、僕はどんどん暗闇に落ちていく。

 「私、3年間ずっと、田中君のこと、好きでした。でも言い出せなくて。サイン帳見た時、すごく嬉しかった。ただ大事な話、とだけしか書いてないのに、あたし1人舞い上がっちゃって、電話待ってた。電話を待ってる間は、今度は不安になったり、でも勇気出して掛けてみようって。そうじゃないと、私の3年間にけじめがつかないし。田中君はまっすぐな人だから、きっとわかってもらえるって…。自分勝手な言い分でごめんなさい。3年間、好きでいさせてくれて、ありがとう。」

 いや佐藤さん僕も…!
 言いかけた言葉を、必死に止めた。
 人間失格には人間失格なりの、最低限のルールは必要だ。

 「佐藤さん、でも僕は後輩の高橋と付き合う事にしたんだ。大事な話なんて、思わせぶりな書き方して、ほんとに悪かったね。何を話そうかって思ってたか、舞い上がる君の声を聞いて、すっかり忘れてしまったよ。それじゃ。」

 僕は、思いっきり駄目人間な口調でそう告げた。
 それに引き換え佐藤さんは、最後まで僕の3年間を裏切らない人で、
 「…ごめんなさい。」
 と言って、泣き出す寸前の声で電話を切った。

  ブツッ。

 自分でも何と言っていいかわからないような気持ちで、電話を切り替えると、高橋は待っていてくれた。
 「全然待ってませんよ。今の電話、だ、…。」
 言いかけてやめる。どこまでもけなげな高橋に、僕はかける言葉を決めていた。

 「はっきり言うよ。あんな手紙よこされても困るんだ。僕付き合ってる人いるしね。」

 高橋の真っ白な気持ちを無理矢理土足で踏みにじり、僕がどれだけ汚い人間かを知らせたかった。
 しかし高橋もどこまでも汚れなく、美しく、歯を食いしばり、
 「…ごめんなさい。」
 と言って、電話を切った。

  ブツッ。

 僕1人、人間失格らしく、無表情で、部屋にぽつんと座っていた。

 こおろぎ。
 薄暗い塒(ねぐら)に、春の馨り(かおり)。
 見上げれば、どぶ板よりもずっとずっと上に、桜が咲いていた。
 嬉しくて、ころころ鳴いた。
 花びらが降りてきて、どぶ板に止まった。
 飛び跳ねたら、どぶに落ちた。
 花びらは、流れて行った。

 もう、跳ねまい。
 もう、鳴くまい。
 もう…。

<完>

 (荒川区・PN:もるはち)
  2.「今、クラスの女子で集まってるんだけど、山田さんがね、田中君のこと好きなんだって。今、山田さんに代わるからね。」

 電話は否応無しにバトンタッチされてしまった。
 「あのー、私田中君のこと好きです。」
 いやじゃない。決していやじゃないけど、僕には高橋がいるんだ。
 かといって、自分の意志である告白すら出来ないでいる僕に、告白を断る言葉がすぐに言える訳はない。

 お決まりのしどろもどろになっていると、窓の外にハトが舞い下りた。
 見ると足に、何やら手紙が結んである。いわゆる伝書バトだ。
 今時伝書バトなんて、どんな用件なんだろう。
 受話器を頬で挟み、手紙を開く。

 「田中君、愛してます。 大田」
 またもや告白である。悩む暇も与えずに、今度は軒に矢が飛んできてブスリ。もちろん手紙が結んである。
 「大好きです。 大川」
 射手を捜そうと窓から身を乗り出すと、町外れにのろしが上がっている。
 解読すると、「I Love 田中 by 木下」。
 その向こうにはアドバルーンで、その上空には飛行船で、背景には仕掛花火が、ビルの窓文字で、耳にはモールス信号が、玄関には郵便局と電報局と密使と忍者と飛脚と、学者犬を使っての僕への求愛ラッシュが始まっている。

 僕は恐ろしくなって逃げ出した。
 しかし、外にはざっと数えても5,6千人の女の子が手紙を片手に列を成していた。
 「田中君が出てきたわよー!」
 その中の1人が声を上げたからさあ大変。群集はめざとく出没していた『田中焼き』や『田中棒』の出店をなぎ倒し、軍隊アリのように僕に襲い掛かる。

 捕まったら殺される、捕まったら殺される、捕まったら殺されるー!

 必死で逃げる僕の前から、田中だんじりが猛スピードでやってくる。
 路地に逃げ込み息を整えていると、目の前にキーがついたまま止めてあるコンボイを見つけた。もう無免許だのなんのと言っている場合ではない。僕はコンボイに飛び乗ると、闇雲に走り出した。

 東名高速を時速200キロで飛ばすコンボイ。しかしその横をF1カーが抜いていく。ボディには「田中君好きです 菊池」というステッカーで埋め尽くされている。どうやらスポンサーは菊池さんのようだ。

 気が付くと僕は、巡洋艦の中に保護されていた。どうやら国が僕を保護してくれたらしい。
 きっとどこかの政治家の票集めに利用されるのだろうが、とにかく、一息はついた。
 テレビをつけると、東京ドームで、『3年間ずっと片思いしてました川村』ファイターズ 対 千葉『私のこと好きだって言って下さい』マリーンズの中継が、全て個人個人のスポンサーの提供で放送されていて、すぐにスイッチを切った。

 僕、意外にモテてたんだな。

 太平洋の真ん中で、初めて僕は自信を持った。
 そしてこんな事態だからこそ、決心した。
 やっぱり、愛される事より愛する事が大事だ。
 佐藤さんに電話を掛けよう。

  トゥルルルル、ガチャッ。

 「もしもし、佐藤です。」
 山田さんは既に別の手段に切り替えているらしく、すぐに佐藤さんに繋がった。
 僕はさっきまでの僕じゃない。もう、しどろもどろになんてならない。みんなありがとう。
 僕は、3年間ためにためた言葉をとうとう口にした。
 「佐藤さん、田中です。僕、佐藤さんのことずっとずっと好きでした。もしよかったら、僕と付き合って下さい。」

 「気持ち悪いからヤダ。」

 電話は、切れた。
 愛する事より、愛される事の方が、難しい。
 そう思ったのもつかの間、巡洋艦は無数のUボートに包囲されていた。
 船首には「好きです田中君。 高橋」の旗が、勇ましくなびいていた。

 <終>

 (平塚市・PN:ゲーム業界就職希望 どどんごみきよ)